前田健太(まえだ・けんた)
2007年ドラフト1位で広島カープ入団。一軍定着後は最優秀防御率、年最多勝利、沢村賞、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞など数多くのタイトルを獲得し、野球日本代表のエースとしても活躍する。2016年ロサンゼルス・ドジャーズに移籍、8年契約を結んだ。

子どもの頃から憧れだったイチローさんと、
対戦できたことが夢のようでした。

イチローさん、メジャーリーグ3000本安打という偉業達成、本当におめでとうございます。誰もが認める世界トップのステージでこのような大記録を打ち立てられたことは、同じ日本人、そして同じ野球人として心から誇りに思います。 僕は子どもの頃から、イチローさんのプレーを見続けて、ずっと憧れを抱いてきました。そのイチローさんとメジャーリーグという舞台で対戦できたときは、少年時代に戻って、まるで夢のような時間を過ごしているという感覚でした。もちろん今後も対戦できるのを楽しみにしていますし、これからもさらに記録を更新し続けられることをぜひ期待しています。

本田圭佑(ほんだ・けいすけ)
プロサッカー選手。イタリアセリエA、ACミラン所属。日本代表。1986年大阪府生まれ。石川県星稜高校から2004年にJ1名古屋に入団しプロデビュー。その後オランダ、ロシアを経て2013年12月、イタリアセリエAのACミランに移籍。オーストリア2部リーグSVホルンの実質オーナーも務める。

もしイチローさんがサッカー選手であっても、
間違いなく世界で活躍されていたでしょう。

イチローさんの試合やプレーをテレビで観戦したいとは日頃から思っているのですが、残念ながら時差の関係などもあり、実は今日までほとんど観たことがないんです。ただ、ニュースなどでイチローさんのご活躍をいつも拝見させていただいています。 僕はまだ実際お会いしたことがないのですが、もしお会いできる機会があれば、イチローさんの物事に対する考え方を聞いてみたいです。テレビや雑誌のインタビューなどを僕が拝見する限り、ご自身の確立された世界観をお持ちのような気がしますので、 その辺りをぜひ伺ってみたいですし、お話をしてみたいことが本当に山ほどあります。もし仮にイチローさんが野球選手という道を選ばずにサッカー選手をされていたとしても、世界のビッグクラブで活躍して、日本代表を長く引っ張る存在として君臨されたでしょう、間違いなく。成功哲学というのはスポーツというジャンルに限らず、業界など基本的に関係ありませんから。
日米を股にかけて偉大な記録を打ち立てているイチローさんに僕が何かを言うのもおこがましい話ですが、野球というスポーツの枠を超えて日本に多大な影響を与え続けているイチローさんを、僕は心から尊敬しています。本当にチャンスがあればイチローさんに一度お目にかかって、意見を交し合うことできれば…と思っています。スポーツと世界、その未来という大きなテーマについて。

田口壮(たぐち・そう)
関西学院大学卒業後、1992年ドラフト1位でオリックス入団。レギュラーに定着し、1995~96年のリーグ連覇に貢献する。2002年FA宣言し、メジャーリーグに挑戦。2度のワールドチャンピオンに輝いた。2010年に日本球界に復帰したのち2012年に引退宣言し、2016年からオリックスの二軍監督に就任。

入団当初から彼の身体能力に衝撃を受けました。
できるなら、ずっと現役を続けてほしいです。

僕はイチロー選手と年齢は違いますが、オリックスの入団は同じ年。入団会見の際はとくに言葉も交わさなかったんですが、彼の練習を初めて見たとき衝撃を受けましたよ。一緒に走っていても、躍動感やスピード感が本当にすごくて。僕が18歳の頃と比べても伸びしろが違うというか、今がこのレベルだったら、この先どこまで行くんだろうと感じていました。練習量も他の選手とは全然違いましたし、刺激や影響はもちろん受けましたよ。負けたくないという気持ちで練習したり、彼に引っ張られて、僕もやらなきゃと思い続けていましたから。 ただ、彼とはほとんど野球の話をした記憶がないんですよ。休日はいつも一緒に食事へ行ってたんですが、僕の持っているCDの趣味が悪いとか言われて「何でそんなこと言われなアカンねんっ!!」と言い返したり、会話といえばそんな馬鹿話ばっかりで(笑)。
印象に残っているのはオリックス時代、監督やコーチに2人でよく怒られていたこと。僕と彼とで1番と2番を打っていた頃、たった2球で2アウトなんてことが何度もあったので。それで「ええ加減にせえ!!」と怒鳴られて「すいません」と返事しつつも、お互い何も気 にしてなかったという(笑)。そんな性格でしたね、2人とも。でも、そのうち2人が2球で1点を取ってくるようになって「これがあるからいいんだよねぇ」と、どれほど怒られても初球打ちはやめませんでした、あの当時は。
彼のすごい部分は、自分に嘘をつかないところ。現実をちゃんと見て、それに対してどうアプローチをするかをつねに考えていて。僕が見る限り10年前と今ではまったく違うイチロー選手がいますけど、30歳なら30歳、40歳なら40歳の自分に必要なことは何かをずっと考えて動いていますし、苦しい時期も乗り越えて、さらなる高みに向かおうとしている印象は毎年受けますね。
とにかく彼にはいつまでも現役を続けてほしいです。彼は50歳までとか言ってますけど、55歳でも60歳でもプレーしてもらいたいですよ、できるなら。僕自身の野球人生を振り返れば、彼のような選手と同じ年にプロに入れて、同じチームでプレーできて本当に良かったと実感していますし、いい経験ができたと思っています。昔はライバル視した時期もありましたが、今ではまったく違う世界に行ってしまったような気もしますし、僕も今では1人のファンとして他の選手より注目していますよ、イチロー選手を。

小西慶三(こにし・けいぞう)
1966 年生まれ。1991年共同通信社に入社し、1994年からのオリックス担当で本格的に野球記者としてのキャリアをスタートする。2000年からシアトル支局、2001 年から全米野球記者協会(BBWAA)の会員としても活動。2002年以降、同協会が選出するMVP、サイヤング賞などの年間賞の投票を行っている。

40歳を超えた今でも世界の第一線で活躍している、
そのすごさをファンの皆さんにもっと伝えたい。

僕はイチロー選手以外にもプロ選手を取材してきましたが、長年交流があって親しくなってくると、だいたいのケースで「もう知ってるでしょ?」「長い付き合いだから言わなくても分かるよね?」的なやりとりが出てくるものなんです。しかしイチロー選手にはそういう部分が一切ありません。彼はつねに新しいことを試みたり、自分の肉体的・精神的な状態にもとても敏感です。それらにこちらも対応していかなくてはいけないので、ステレオタイプな取材が全然通用しません。ただ、そういった緊張関係が結果的に現場記者としての自分を鍛えてくれている気がします。 1994 年に僕はオリックスの担当記者になったのですが、当時からイチロー選手は他の選手とは一線を画していました。とある地方遠征の試合後、ベンチ裏で用具の片付けをしているイチロー選手とたまたま2人きりになったことがあり、「とりあえず何か聞かなきゃ」とそのとき咄嗟に思って「今日の試合では足のプロテクター付けてなかったの?」なんて安易に尋ねてしまったんです。彼は足のプロテクターを打撃練習の時だけしか使っていなかったにも関わらず。そしたら「いつも(ゲームでは)使ってませんよ」と真顔でビシッと言い返されました。8つも年下の選手に“今頃なに間抜けなこと聞いているんだ”みたいな雰囲気で返されて、とても凹んだのを覚えています。振り返れば僕とイチロー選手は今日まで「なぁなぁ」の関係になったことは一度もなかったと思います。
イチロー選手は音楽を聴いたり、お笑いのDVD を見て笑ったり、好きなドラマを繰り返して見たりすることが、すべて野球につながっている感じです。緊張した心をリラックスさせたり、そんな目的を持ってやっているのかなぁと思わされることばかりです。いわば「すべては野球のために」みたいなね。他の選手からそんな雰囲気を感じたことはありません。
42 歳という年齢でありながら、世界最高峰の舞台で闘っているイチロー選手のすごさを、僕はずっと言い続けているんですけど、日本のファンにそれをもっと知ってほしいです。ここ数年、イチロー選手に「最近は代打ばっかりで」なんて言う人もいますが、同世代でプレーしていた人たちのほとんどは何年も前にユニフォーム脱いでるでしょ。アメリカは野球だけでなくバスケットやアメリカンフットボールなど、いろんなスポーツでトップレベルの才能が集まる国です。その中で日本育ちの選手が現役最年長野手として活躍することがどれだけ大変か、そこをもっと分かってほしいですし、それをファンにしっかり伝えていくのも僕らの仕事だと思っています。

岡崎慎司(おかざき・しんじ)
1986年生まれ。兵庫県宝塚市出身。日本代表。2005年に清水エスパルスに入団。2008年の北京五輪に出場し、同年の親善試合UAE戦でA代表デビューを果たす。2011年にVfBシュツットガルト、2013年にFSVマインツへ移籍。2015年に4年契約でレスター・シティFCに移籍する。

イチローさんの活躍にはいつも刺激を受けています。
それに負けない結果を僕も出さなければ、と思っています。

メジャーリーグ通算3000本安打達成おめでとうございます。野球とサッカーという競技のジャンルこそ違いますが、同様に海外でプレーしているイチローさんの活躍に注目しています。そして、テレビや新聞などでイチローさんの「超美技」「記録更新」などという見出しが躍るのを拝見するたびに、もっと僕自身も頑張らなければという刺激を毎回のように受けています。 イチローさんを日本で応援しているファンの皆さん、そして全国の野球少年たちもイチローさんのプレーを見て、たくさんの夢や勇気、希望をもらっているのではないでしょうか。 今後もますますメジャーリーグという舞台で活躍されることを期待していますし、僕も海外で全力プレーを続けることで、イチローさんのように誰もが認める結果や記録を打ち立てていきたいと思っています。これからも、さらなる記録に向けて、ぜひ頑張ってください。僕も一ファンとして心から応援しています。

栗山巧(くりやま・たくみ)
2002年に西武ライオンズ入団。2008年にリーグ最多安打、ベストナインに選出され日本シリーズ制覇に貢献。2010年には外野手としては球団史上初の144試合フルイニングフル出場を果たす。2014年に球団史上初となるゴールデンスピリット賞を受賞。持ち前の巧打でチームを牽引する。

学生時代から格好いい選手と思っていました。
200本安打の試合は今でも心に残っています。

今からもう20年くらい前だったと思いますが、僕が学生の頃、オリックスのウエスタン・リーグの試合を観戦しに行ったことがあるんです。そのとき初めてイチロー選手のプレーを生で拝見させていただきました。ちなみにその日、厚かましくもイチロー選手にサインを貰いに行ったんですけど、イヤな顔ひとつもせずに快くサインをしていただきまして、「格好いいプロ野球選手だなぁ」という印象を受けたのを覚えています。 僕が西武ライオンズに入ってからもテレビであったり、YouTubeなどでイチロー選手の試合はよく見ていますよ。同じ外野手ですから、トップ選手のプレーを見たいというか、チェックしたいという気持ちもありますから。
イチロー選手のプレーでいちばん印象に残っているのは、メジャーリーグに行ったあとではなく、あの神戸で初の200 本安打を達成された試合です。その偉業の瞬間も僕は球場で生観戦して見ていたので、やっぱり心にずっと残っています。そして今なお偉業を達成し続けているイチロー選手の姿を見ると、表現のしようがないというか、もう言葉にならないですね。