Mizuno Peoples Story - MIZUNO and I

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「世界記録が出せる靴を作りたい」という思いをかたちに。

木村 隆也
ミズノ グローバルフットウエアプロダクト本部 主任技師

「世界記録が出せる靴を作りたいんです」
30年以上前に受けたミズノの採用面接で、木村隆也はそう語ったと言います。
「私は学生時代、走り幅跳びと三段跳びの選手で、当時からミズノのシューズを愛用していました。また、大学では人間工学を専攻していたので、ミズノに入ればシューズの開発でその知識を生かせると考えたんです」
そして1983年にミズノへ入社。その8年後に冒頭の思いは現実のものとなります。1991年、東京で開催された陸上の世界大会の男子100メートル走において、木村が開発を担当したシューズで出場したミズノ契約選手が優勝。そのときのタイム「9秒86」は当時の世界記録でした。
「シューズに対する彼の要求はとても厳しいもので、特に軽さに対しては徹底的にこだわっていました。本人とは何度もやりとりを重ねましたが、そのなかでお互いに信頼関係を築くことができたと思います。それにしても、面接で語ったことがまさかこんなに早く実現するとは思ってもみませんでした」
そして現在はミズノにおけるフットウエア開発全般を統括しながら、プライベートでは社内の陸上部に所属し、走り幅跳びの競技者としていまも活動を続けています。
「ミズノの人間はみんなスポーツが大好き。もともとやっていたというだけでなく、私のように歳を重ねても続ける人が多いですね」

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